「VOCALOID × 文学」!? 文学を元ネタにしたボカロ曲紹介♪

はじめに

こんにちは🌺 利用者:凌霄花のうぜんかずらです♪

今日は、「VOCALOID × 文学」というテーマで、VOCALOID曲をご紹介したいと思います。

夏目漱石、宮沢賢治など、日本の文学から、海外の文学まで……。
幅広い「文学」をモチーフとした「ボカロ曲」を紹介します♪

ラットが死んだ / P.I.N.A

最初に紹介するのは、P.I.N.Aさんによる、初音ミク歌唱の「ラットが死んだ」。
こちらは、アルベール・カミュの「ペスト」を元にした楽曲だと言われています。

カミュの「ペスト」では、フランスの植民地であったアルジェリアのオラン市という街を、ペストという病魔が襲い、混乱ののち、市民が団結して、「ペスト」という一つの敵に立ち向かう様が、謎の「語り手」の視点で、ドキュメンタリー風に描かれています。

この「ラットが死んだ」のMVの各所には、カミュの「ペスト」から影響を受けたと思しき要素が、そこかしこに描かれています。

例えば、冒頭から登場する、鳥のような仮面をつけた男。
この仮面は、近世、ペストを治療する「ペスト医師」と呼ばれた人々が着用を義務付けられていた、「空気感染」を予防するための特殊な仮面であり、通称「ペストマスク」と呼ばれているもの。
(ただし、医療的な効果は、ほぼなかったのではないか、と言われています)

また、この鳥のような仮面をつけた男は、原作において、ペストに立ち向かう存在として描かれた、医師のベルナール・リウーではないか、という話もあります。
この動画には、他にも、カミュの「ペスト」のあの要素か!とわかるような、さまざまな要素が散りばめられているのです。

ラジオから流れる音声のようなザラザラとした音質で、淡々と歌い上げる初音ミクの声は、他では聞けない特徴的な声だと思います。
ぜひ、聞いてみてください🐀

パラステロトラィノ / 尻切れ/アリアP


2曲目は、尻切れ/アリアPの「パラステロトラィノ」
こちらは、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」がモチーフであるとされています。

この曲では、鏡音レンが、主人公のジョバンニを。
そして、鏡音リンが、その親友であるカムパネルラを、それぞれ演じています。

この曲には、「銀河鉄道の夜」から、たくさんの要素が拾われ、そのひとつひとつが、星のように散りばめられています。

例えば、2番のサビで、鏡音リンと鏡音レン、2人の声が重なるところがあります。
そこでは、鏡音リンが「灰色の片切符」、鏡音レンが「若草色の切符」と歌っています。
これは、「銀河鉄道の夜」の作中で、銀河鉄道の車掌が、カムパネルラとジョバンニの切符を確認した時のことをモチーフとして使っていると思われます。

カムパネルラの切符は「小さな鼠いろの切符」、そして、ジョバンニの切符は「四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙」であり、他の登場人物によると、「ほんとうの天上へさえ行ける切符」どころか、「どこでも勝手にあるける通行券」とのことでした。
そして、ジョバンニは、夢から醒めて現実へと戻り、カムパネルラが、友人のザネリを助けようとして、溺れて死んでしまったことを知ります。
つまり、「灰色の片切符」とは、カムパネルラが持っていた、現実へは二度と戻ることのない「死」への片道切符であり、「若草色の切符」とは、夢から覚めて現実へ戻ることのできる、ジョバンニが持っていた切符のことであるのです。

他にも、この曲には、宮沢賢治のとある作品をモチーフとしたとわかる歌詞が含まれています。
ぜひ、一度聞いて、その部分を探してみてください!

ジキル / 暗黒童話P

3曲目は、暗黒童話Pの「ジキル」です。
こちらは、ロバート・ルイス・スティーヴンソンによる「ジキル博士とハイド氏」が元ネタです。

いわゆる二重人格者であった、ジキル博士と、その別人格であるハイド氏。
ジキル博士が「善」を司る主人格であるならば、ハイド氏は「悪」を司る別人格。
彼らは、一つの体に宿る、全く別の、異なる人間と言ってもいいほどに正反対な人格でした。

この曲では、Bメロにおいて、初音ミク演じる「ジキル博士」のゆったりした調子の歌声と、巡音ルカ演じる「ハイド氏」の早口でまくし立てる調子の歌声が重なります。
これが、人格のせめぎ合いを描いているようで、実に見事なんですよね。

この曲は、「目覚めたらどちらの僕がいる?」という疑問と、「ジキル博士の夢の戯言。」という言葉で締めくくられます。
さて、「彼ら」が次に目覚め、鏡を見た時、そこに立っているのは、「ジキル博士」なのか、「ハイド氏」なのか……?
……という不穏なところで、歌は終わります。

あなたは、どちらだと思いますか?

✝️ / ロウワー / ぬゆり

4曲目は、ぬゆりさんの「ロウワー」。
こちらは、太宰治の駈込かけこみ訴え」がモチーフであるとされています(※あくまで推測です)。

太宰治の「駈込み訴え」は、以下のように、語り手が、誰かに、何かを強く訴えているところから始まります。

申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、ひどい。酷い。はい。いやな奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。

【太宰治「駈込み訴え」より 冒頭部分】

この衝撃的な始まり!
この最初の文で、一気に引き込まれて、我々は語り手の話すことを聞いてしまうわけです。
そして、最後まで読んで、この「駈込み訴え」という話が、「何」を題材に取って、「誰」が語り手として登場していたのか、知らされるのです。

曲の英文タイトルである「Lower one’s eyes」は、直訳すると「目を伏せる」という意味。
そして、「目を伏せる」とは、「相手から目を逸らし、俯く」ことを指しています。
その意味を理解すると、主人公である、黒髪の女の子が描かれる時、俯く動作が多いことも納得できます。

また、「Lower one’s eyes」は、他にも、「恥ずかしさ」「後ろめたさ」「あるいは、それらが原因で、相手と目を合わせられない心理状態」のことも指します。
そちらの意味で考えると、どうして、黒髪の女の子が、曲の随所で俯く動作をとっていたのかの、謎が解けるような気がします。

「ロウワー」が「駈込み訴え」を元にしている、というのは、あくまでファンによる推測ですが、しかし、それを信じてみると、納得できる要素が多いんですよね……。

🖋️ / 文学少女インセイン / カラスヤサボウ


本日最後に紹介するのは、カラスヤサボウ氏による「文学少女インセイン」
こちらは、特定の作品ではなく、たくさんの作品が、曲中に登場します。

例えば、1番Aメロの「吾輩は何であれど知ったことじゃないさ と言われて」は、夏目漱石の「吾輩は猫である」の冒頭文。
同じく1番Aメロの「向上の心だって持ったって バカだと言われる」は、夏目漱石の「こゝろ」の中で登場人物が云う「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」というセリフが元ネタでしょう。

また、他にも、「だから檸檬の爆弾 仕掛けましょう!」だったり、「生きるべきかも死ぬべきなのかも わからない!」だったり……。
近代の「文豪」の名文から、シェイクスピアのような古典文学まで、幅広い「文学」が、この曲には登場します。

そういう「元ネタ」を調べて、新たな文学に出会い、その元ネタに触れてみる。
そうすることで、この曲を、より楽しめるようになるかもしれませんね♪

おわりに

今回は、「VOCALOID × 文学」をテーマにして、5曲のボカロ曲をご紹介させていただきました。

この曲の他にも、文学を元ネタとしているボカロ曲はたくさんあります。
ぜひ、皆さんも、曲を聴いて、元ネタの作品を読んで、自分の世界をより豊かにしてみませんか?

それでは、今日も、このブログをお読みいただき、ありがとうございましたm(_ _)m

タイトルとURLをコピーしました
ブログ更新しました✨ / 2026年04月07日 ブログはこちら