こんにちは。利用者D.Sです。
先週は体調を崩した上、OHANAに仕事案件も来たのでブログ更新ができませんでした。
今日は在宅で更新します。
さて、前回の自分のブログで触れたもう一か所東京で行った場所。それは原宿にある太田記念美術館の展示、「浮世絵お化け屋敷」です。
NoteのHPはこちら。
(太田記念美術館本体のHPが「保護されてない通信」になってたため念のため)
この展覧会は前期(8月3日~9月1日)と後期(9月6日~と9月29日)で展示が全て交換され、自分が行った後期の目玉はがしゃどくろこと歌川国芳の「相馬の古内裏」でした。

出典
https://jpsearch.go.jp/item/tfam_art_db-9164
ちなみに、この浮世絵の原作にあたる「善知安方忠義伝」では、無数の骸骨が登場するのですが、歌川国芳はこれを1つの大きな骸骨に仕立て上げ、迫力ある絵柄となってます。
あと、がしゃどくろという名称は実は昭和頃に創作された新しい妖怪なのです。
水木しげるを始めとした著名な妖怪作家が取り上げたことで有名になりました。
あと、国芳の妖怪浮世絵だともう一点「源頼光公舘土蜘作妖怪図」をみたかったのですが、

出典
https://jpsearch.go.jp/item/arc_nishikie-MFA_11_21416
あれ?違う?
本物はこっち。

出典
https://jpsearch.go.jp/item/keioobjecthub-7172
これは土蜘蛛退治に挑む頼光と配下の四天王たち、それと無数の妖怪たちという構図ですが…
実は水野忠邦による「天保の改革」の指導者及び、それによって厳しく規制された庶民の風刺画だったのです。
頼光四天王は江戸幕府の重鎮の家紋の着物を着ていて、頼光自身は忠邦に全てを任せる将軍徳川家慶とされます。
スイカの妖怪はそのままスイカ規制、提灯の妖怪は富くじ(当時の宝くじ)とされ、歯のないろくろ首(右上の土蜘蛛の近くで見ずらい…)は歯なし→噺→噺家→落語禁止という、とんちのきいた風刺画だったのです。
江戸の庶民の間では相当人気が出ましたが、こんな風刺画を描かれた幕府も黙っていなかったです。しかし国芳は罰を受ける前にこの浮世絵関連の道具を全て廃棄したそうです。やり手ですね。
…でその前に出したちょっと違う浮世絵。これは国芳の浮世絵の模倣だったのです。
国芳の風刺浮世絵が廃盤となると、人気だったため欲しい庶民と描いてみたい別の浮世絵師の両者が得する形で模倣絵が出回ったそうです。
展覧会の話に戻りますが国芳の浮世絵は前期、模倣絵は後期に展示されてた様で、本物は見れませんでした。ですが模倣絵があったという新しい知見は得られました。
展覧会では他にも、幽霊や亡霊、化け狐などいろんな妖怪の浮世絵がありました。
海坊主とか迫力ありましたね。
歌川国芳の「東海道五十三次 桑名」に登場する巨大な海坊主。真っ黒な体に目玉だけぼんやりと見えるのが不気味ですが、実は、気の強い人間に出会うと、何もせずにすごすご引き下がるという気弱な妖怪です。#あつまれどうぶつの森 #AnimalCrossing #マイデザイン #あつ森で飾ろう #おうちで浮世絵 pic.twitter.com/0TYzwfSsSN
— 太田記念美術館 Ota Memorial Museum of Art (@ukiyoeota) May 31, 2020
展覧会は終わってるので、お気に入りの妖怪浮世絵があったら教えてほしいですね。
ではまた~(・ω・)ノシ


