こんにちは。利用者D.Sです。
本日は在宅作業での初めてのブログ作成です。
すでに別の利用者さんが「今日は何の日」で投稿されてる中恐縮ですが、自分も似たような話題で行きます。
今日は「ポケットモンスターシリーズ」生みの親、田尻智さんの誕生日です。
ポケットモンスター、ちぢめてポケモン。説明不要のシリーズですね。
アニメポケットモンスターの主人公を長らく務めた「サトシ」の由来でもあります。
ちなみに初代ライバルの「シゲル」は任天堂の重鎮である宮本茂さんからとられました。
現在田尻さんはゲーム開発の一線からだいぶ退いていて、今は過去の開発の軌跡を辿るくらいしかできないかもしれませんが、ゲームフリーク代表取締役として今もスタッフクレジットにその名を見ることはできます。
ともかく、田尻さんがいなければポケモンは存在しなかったはずですし、ゲームフリークと任天堂の歴史は大きく変わったでしょう。
ちなみに、「ポケモン=任天堂」というイメージの人も多いでしょうが、若干語弊があります。
ポケモンはずっとゲームフリークという会社が指揮してて、現在は作品やグッズ展開は株式会社ポケモンが行ってます。任天堂は関わっているものの開発元ではないです。
これは当時初代ポケモンである赤・緑がでたハードのゲームボーイは発売から8年経ったゲーム機で、もはや目ぼしいソフトも出なくなったころ。同年にはNINTENDO64も発売されてます。
このゲームが売れると思えず、任天堂が全部の責任を負うのをしたくなかったのです。
しかし、予想に反し大ヒット。一躍ゲームボーイと任天堂のキラータイトルとなります。
これは通信ケーブルによる多人数で遊ぶ発想や任天堂も知らなかった「ミュウ」の存在などが挙げられます。
寄り道:ミュウ
ご存じミュウはミュウツーの母体だったりとポケモンに欠かせない存在ですが、
開発中はとあるテキストにのみ登場するゲームに登場しないポケモンだったのです。
しかし、デバック中に余った場所に「なにか使えたらいいね」とこっそり入れられました。
これは張本人森本茂樹氏や話を通した田尻氏ら一部しか知らず、任天堂は関与しませんでした。
しかし、発売後バグでミュウの捕まえ方が知れ渡ると開発者は誰も無視できない都市伝説に
なってしまい、結果としてミュウや幻のポケモン(正規手段でも入手不可のポケモン)が
生まれました。
結果としてですが、ゲームボーイ、そして携帯ゲーム機の救世主となりポケモンは世界に覇を轟かせました。
この大ヒットがなくても、ゲーム業界の歴史は変わってたでしょうね。
話を戻して、田尻さんは幼いころからの様々な体験がポケモンに反映されてると語ってます。
野原で虫を捕まえることが草むらでポケモンを捕まえる遊びにつながったとか。
また、ファミリーコンピューターの「Mother」も大きな影響を受けたと語ってます。
田尻さんの関わったポケモンである赤・緑・青・ピカチュウ・金・銀・クリスタル。これらは2024年8月現在、残念ながら3DSでの購入やNintendo Switchで遊ぶことはできません。
ただ、先述の「Mother」はオンライン加入者は無料で遊べます。もし機会があればどうぞ。
OHANAに関係ないのに長々と語ってしまいました。
ではまた~(・ω・)ノシ


